神奈川で農業とは無縁の人生を送っていた人間が、
大学卒業と同時に農業がしたいと単身で移住したことについて、結構、いやかなり驚かれる。
自分が一番驚いているんだがな。
今住んでいる東御市にも、これまで住んだことのある他の地域にも、
「移住者」はたくさんいるけど単身移住スタートの人は確かに少ないように思う。
縁もゆかりもない土地に単身移住をした先に何があるかを想像する力があれば
躊躇するのが普通だと今は思う。
当時の私は、良くも悪くもそんなことは考えていなかった。
正しくは、考えられていなかった。迷える子羊だったものですから。
なぜ、長野で農家なのか。
一言では言い表せないけれど、、
大学卒業後の人生を模索する中で、自分なりに「暮らし」と「仕事」に対する想いがあった。
「暮らし」
・四季を感じられる自然豊かな場所で暮らしたい
・自然のリズムに合わせて暮らしたい(朝起きて夜眠る)
・想いやこだわりを具現化できる環境で暮らしたい
・自分の時間は、自分で支配する
「仕事」
・オフィスに引きこもり、無理。
・満員電車通勤、無理。地下鉄も、無理。
・デスクワーク、無理です。
・就活用の黒いスーツ、カラスみたいで無理です。買ってくれたお母さん、ごめんなさいです。
・就活しないで大学4年生を休学していった「地球一周の船旅」で見たものや感じたことに対して答えとなる仕事がしたい。
・兎にも角にも心身ともに健康でいられる仕事がしたい。
などなど、社会に出たこともなく自立もしていない身で
理想だけはあって、妥協できなくて、モヤモヤして、血迷って、
大学卒業目前の2月に、リビングで寝っ転がりながらスマホを見つめ続けて見つけたのが
長野県佐久市にある有機農業法人(になる一歩手前)だった。
有機農業を通して、自然環境保全に貢献するという理念を掲げていた。
おお、これ私やりたいかもと思った。
さらに、冬は約3ヶ月間の長期休暇(その分農繁期は超絶多忙)という条件あり。
おお、また旅ができる、行きたいところに行ける、やりたいことできるやんと思った。
さらにさらに、寮費無料・Wifi完備。
おお、とりあえず死ぬことはないと思った。
佐久市がどこだかもよくわかっていないまま、
冬はとにかく寒い長野が最も寒くなる2月に、カラスみたいな就活スーツを着て、
高速バスに乗って、色んな意味でブルブル震えながら社長に会いに行った。
駅に着いて降りた瞬間、初めての場所だけど不思議と「あ、ここに住むかも」と直感した。
筋肉の筋フェチだった私には、浅間山付近の山々の峰々の雪による筋筋が美しく見えて、惚れた。
社長は、少年のような人だった。
人生初の”ガチな長靴”を借りて
カラスーツにガチ長靴という笑うしかない格好をした状態で、
人生初の軽トラ(極寒)に乗って畑を周りながら、
今となっては暑苦しすぎて恥ずかしくなる妄想強めな迷える子羊の話を、
真剣な顔で、熱心に聞いてくれた。
「やりたいこと、うちでできるよ」と言ってくれた。
後に社長は当時を振り返って「とても農業をするような感じには見えなかった」と言っていたが、
それは恐らくカラスーツ✖️ガチ長靴スタイルのせいでしょう。没です。
拠点となる会社の事務所(ビニールハウスのちょっと豪華で大きいやつ)からも、
寮となる古い民家からも、
それまで生きてきた環境では一度も踏み入れたことのない世界に行くということが、容易に想像できた。
不安はなかったかと言われると、不安しかなかった。
けど、やってみてダメならやめれば良いと、時期的な焦りも相まって、
迷える子羊、即入社を決めた。
こうして長野で農家として生きる人生が始まりを迎えた。
懐かしい〜!!
2026.02.05

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